構造という現実
この世界のあらゆる事象に、構造がある。
ラーメンの構造と、うまいラーメンの構造 クリスマスツリーの構造と、子供の頃にサンタを待ちくたびれながら見たクリスマスツリーの構造 まるで構造が違う。
成功にも失敗にも、成長にも停滞にも、創造にも破壊にも。我々が「センス」だと思っていたものに構造があり、「直感」だと信じていたものにパターンがあり、「奇跡」だと感じていたものにも構造がある。
そして今、AIがその構造を解き明かす能力において、人間を圧倒的に凌駕している。
人間が何年もかけて経験則として身につけるもの、何十年もかけて職人的に磨き上げるもの、何百年もかけて文化として継承してきたもの。それらの背後にある構造を、AIは数時間、数分、時には数秒で抽出し、学習し、再現する。
営業トークの構造、組織設計の構造、プロダクト開発の構造、意思決定の構造、さらには創造性の構造まで。あらゆるものが分析され、パターン化され、そして複製可能な知識として整理される。
構造化された知識は、もはや競争優位の源泉ではなくなる ということであろう。
構造をコピーされる時代の本質
ある企業が、競合の成功の構造を手に入れるのに、どれだけの時間が必要だろうか。 また逆も然りである。
従来であれば、何年もかけて試行錯誤し、失敗を重ね、ようやく同じレベルに到達するかもしれなかった。しかし今は違う。メタファー、アナロジーを駆使できるAIなら、ウェブサイト、ニュース、プレスリリース、取材記事の内容、提案書 の組み合わせで大したデータも必要ないまま、ある程度構造化できるであろう。
そして切ないことに、AIは学習したパターンを、オリジナルよりも効率的に、より最適化された形で実行することさえ可能だ。ある企業が長年かけて築き上げた競争優位が、一夜にして陳腐化し、つぎの「なにか巨大なもの」の小さなイチ構造になる可能性がある。
先月もふと思った、特許申請から認可されるまでの期間に、すでに何周も技術的陳腐 が起きてしまうものもあるだろうな と。
これは単なる技術の問題ではない。競争の本質が根本的に変わったということだ。
「何をするか」「どうやるか」という構造的な知識は、もはや差別化要因にはならない。なぜなら、構造は学習可能であり、学習された構造は改良可能であり、改良された構造は瞬時に展開可能だからである。
AIを前にすると、創業経営者として、自分がなんだか非常に小さな粒のように感じることがある。困ったもんだ。
ではこの時代において、我々は何によって競争するのか。何をもって独自性を主張するのか。何を核として事業を構築するのか。
答えは、コピーできないもの、構造化されにくいもの、そして構造化されても本質が失われるものの中にあると考える。
構造を超えるもの
コピーできないものとは何か。そもそもそれを文章にしている時点で人間として滑稽な気さえしてくるが、それはここで考えるのは野暮だろう ということにする。そして、土地などハード的な部分は除いて考えよう。そもそもインターネットは物理的物質を移転しない。
# | レイヤー | 短い定義 | なぜ AI で完全代替できないか | 代表的な実例 |
---|---|---|---|---|
1 | 時間の蓄積 | 共通の歳月が育む暗黙知・信頼 | 時間そのものは“圧縮”不可。 回顧的データで模倣は可能でも当事者体験は再現できない | 長期顧客との阿吽の呼吸/長年の職人気質 |
2 | 土地・場所性 | 固有の地理・物理・文化条件 | 物理的希少資産・地域法規・ローカル慣習は デジタル化しても移転不可 | ワイナリーのテロワール/ディズニーランドの立地価値 |
3 | 過程(プロセス美学) | “やり方”自体がブランドになる作法 | アウトプットだけ盗めても プロセス体験の情緒価値は欠落 | 茶道の点前/トヨタ生産方式の現場カイゼン |
4 | 癒着・相互依存 | ステークホルダー間の高密度な結びつき | 相互投資・共通リスク・心理的債務を含むため 数値関係だけでは代替不能 | 共同特許を持つサプライチェーン/長年の主治医と患者 |
5 | 思い出・物語資産 | 共通の象徴体験が残す情緒記憶 | ストーリーは模倣可能でも 真実味(lived experience)まではコピー不可 | 震災復興を共にしたブランド/創業神話 |
6 | 身体性・感覚統合 | 触覚・嗅覚・体勢感覚など五感+全身知覚 | 完全なマルチモーダル再現はコスト高かつ 人間が生理的にデジタル代替を望まない領域 | 高級寿司の握り/スポーツ観戦の臨場感 |
7 | 倫理的判断・責任 | “正しいか”を最終決定し責任を負う行為 | 社会契約上、人間主体での説明責任が必須 (AI は補佐役) | 裁判員の評決/終末期医療の選択 |
8 | 創造の意図・目的設定 | 「なぜそれを創るのか」を決める主観 | ゴール設定自体は価値観依存。 AI は手段最適化に秀でるが目的を選ぶ価値判断は外部入力が要る | 企業ビジョン策定/アートのコンセプト |
9 | 社会的承認・制度 | 制度・慣習が与える権威や資格 | 法律・慣習で“人”に限定された役割が多い。 変更は政治プロセスが必要 | 公権力の行使/公証人の認証 |
10 | 死生観・スピリチュアリティ | 生死・存在意義への内省 | 超越的意味付けは計算で完結し得ない (人間が自ら意味づけたい領域) | 宗教儀礼/終活カウンセリング |
AI が「構造」を瞬時に学習・複製する時代、真の競争優位は 「構造を持つこと」ではなく「構造を生み出し続けること」 にある。 では、その創造サイクルを回す燃料は何か──。
AIと話して考えた結果が上記10のレイヤーである(この壁打ち相手はAIに代替されたと言える)
そして最も重要なのは、進化し続ける能力である。
構造を理解し、構造を活用し、そして構造を更新し続ける能力。これこそが、AI時代における最も重要な競争力かもしれない。なぜなら、どんなに優れた構造も、時間で陳腐化し、文脈の変化で機能不全を起こし、競合による学習で優位性を失ってしまう。
我々は構造の消費者ではなく、構造の創造者でありたい。たとえ、それが、何かのアナロジーで説明できることでも、小さなものでもよいのである。